スポンサーサイト

2017.03.27 Monday

0

    一定期間更新がないため広告を表示しています

    『 風 』  No.44 (3月11日発行)

    2015.03.13 Friday

    0

      311日に
       
      ◆ あれから4年です。未だに平成23年3月11日の記憶は鮮明です。丁度、勤務していた学校では年度末の職員会議を行っていました。会議後、職員室で見入ったテレビでは、仙台空港に押し寄せる津波が映っていました。当初は、映画の特撮のようで、現実感に乏しかったのを覚えています。しかしすぐに、津波のすさまじい威力を目の当りにして、職員室中に声にならない声が次々に上がりました。
       
      ◆ 今年は、2年生の修学旅行が南三陸町でボランティアに取り組みました。
       県のホームページのトップから→県政情報→総合政策→その他→みやざき感謝プロジェクト(平成26年度の取り組み)に「修学旅行における被災地視察ボランティア活動」として、紹介されています。「男子は海水浴場における危険物除去、女子は仮設住宅における清掃活動のボランティアで復興を支援しました」とあります。
       高校単独の取り組みとしては画期的なことだと思います。生徒アンケートも62%が「大変よかった」と答え、「よかった」の28%を加えると満足度は9割にも上ります。この取組みが生徒たちの心に生き続けることを確信しています。
       
      ◆ 4年経った今でも、被災された方々の思いは計り知れません。その一端にでも触れることができたらと思います。
       2012年度の高校生平和大使に選ばれた福島県立小高工業高校電気科3年高野桜さんのスピーチから。
       「東日本大震災とそれにともなう原発事故による放射能汚染のため、福島県民である私の生活は一変してしまいました。
      …(中略)… 
      平和とは日常生活が普通に送れることだと思います」
       
      ◆ 岩手県立大槌高校の実習教諭、松橋郁子さんが学校の文集に寄せられた文章。
      「沿岸で生活するということは、常に津波が来ることを想定していなければなりません。津波は、今回初めて来たのではなく今まで何度も何度も来ています。ここは、津波の常襲地域です。そして、そのたびに今回のような被害がでたのです。でも、私たちの先人は復興を成し遂げました。だから、今回も復興までは時間はかかりますが、必ず復興すると信じています。そして、私も沿岸に住む者として、この復興に関わりながら生きていきます」
       
      ◆ 福島県の県立高校の教諭(当時は保原高校に勤務されていました)で、自らも被災し、その時々の思いを現場からツイッターで詩として発信した詩人、和合亮一さんの詩。
       
          ロングパス
            子どもと自転車でここまでやって来た
            今まで 一番 遠いところまで来た
          私も彼も 上機嫌だ
          やわらかな風 子どもの前髪が優しく揺れて
       
        自転車のカゴのサッカーボールを取り出し
        私も 彼も 蹴り続けるのだ
        今までで いちばん長いパス
        すると彼も 蹴り返してくれる
       
        夕焼けに向かって
        福島の子どもはロングパスをする
        この先の歴史へ
        この街の季節へ
       
        涼しい風が吹いてきて
        さあ家へ 帰ろうか この一番の旅を
        私は 昨日のように思い出す 二人で
        ふるさとを 後ろの荷台に乗せた日を
       
      ◆ 千葉県の高校が行ったアンケート、「当日の課題」から。
      ・ 本校は千葉市から一時避難場所に指定されているが、避難所ではないため、備蓄品(毛布・水・食料・灯油等)が全くなく、そ
       れらを調達するのが大変であった。

      ・ 災害発生時に電話やメールを活用するのはかなり難しい。
      ・ あまりにも大きな地震であったため対応に躊躇するとともに、放課後の震災であったため、対応マニュアルが機能しなかった。
       
       

      スポンサーサイト

      2017.03.27 Monday

      0
        コメント
        コメントする