スポンサーサイト

2017.03.27 Monday

0

    一定期間更新がないため広告を表示しています

    『 風 』  No.32 (12月2日発行)

    2014.12.11 Thursday

    0
      ◆ 昨日に引き続き、しおりの巻頭のことばを再録させていただきます。本校に着任したとき、東北修学旅行のことを知り、他に例のない素晴らしい取組みだと思いました。いよいよ近づいてきました。



      感じたら動け!



      ◆ 今年の修学旅行から被災地に足を運ぶことになりました。

       宮城県の南三陸町を訪れます。南三陸町というと鉄骨だけになった3階建ての防災対策庁舎を思い出します。この建物の屋上より高く津波は襲来しました。



       未曾有の震災から3年がたちました。復興はどれくらい進んだのでしょう?

      「3・11東北大震災における被災地の現状視察や体験活動を通して、日常生活や家族・地域など社会との繋がりを見つめ直す機会とする」

       みなさんがかの地で何を感じるか、これも今回の旅行の大きな目的です。



       震災後、校庭に設置された給水所には長蛇の列ができていました。そのとき、お年寄りの代わりにその列に並び、重い水を家まで届けていた一人の男子高校生がいました。「なぜそこまでしたの?」と尋ねると、彼は「先生からいつも『感じたら動け!』と言われてました。感じたままに行動しただけです」と答えたそうです。



       中学生の女子生徒が避難所にたどり着きました。しかし、友達の多くは家族と会えたのに、自分は一人ぼっちでした。「まさか…。家族の中で私だけが…」そう思うたびに涙がこぼれました。外には雪がちらつき、燃料がないためひどい寒さです。停電でテレビも見られず、じっとしていると悪いことばかり考えてしまいました。ふと周りを見回すと、避難所の床は、泥やごみでずいぶん汚れていました。「そういえば、『率先して行動しよう!』だった」彼女はほうきを握りました。ほどなく、同級生たちも集まって来て、手伝ってくれました。その中の誰かが、「避難所の名簿も作ろう」と呼びかけました。中学校の避難訓練で安否の確認をする札を作ったことを思い出したのです。みんなで手分けして、避難所の人たちに名前や年齢を書いてもらいました。次の日、「いた!ここにいたんだ!」彼女の目の前には、夢にまで見た両親が立っていました。自分たちが作った名簿のおかげで家族と再会できたのでした。



       これらは、あの大災害のほんの一端を伝えるエピソードに過ぎません。でも、そこには確かに、自らの感性に沿って、たくましく行動する若者たちの姿がありました。

       感じたら動け!です。皆さんの感性に期待します。



      ◆ 内山節さんの「『里』という思想」を読んでいると、自然と人間の関係や、近代化や幸福とは何かということを考えさせられます。



      ◆ 内山さんは群馬県の山村で暮らしていらっしゃいます。そこにはイワナの住む渓流があり、その渓流の源流には大きな岩があって、その下が洞窟のようになっており、そこには巨大なイワナがいるのだそうです。そこは、この川で釣りをする人ならだれでも知っている場所で、生い茂った枝が邪魔する釣りの難所です。釣り人は、この大イワナを釣り上げようと、誰もが同じ行動に出るそうで、まず、大きな岩によじ登り、その先端から竿を突き出し、真下に糸を垂らし、大イワナを狙います。そして掛かると、ここからが大変で、岩と枝が邪魔して竿が上がらないので、決まって釣り人は、竿を枝に結びつけ、淵になった川の中に飛び込み、最後は素手で捕まえようとするそうです。しかし、この方法で成功したものはなく、誰もがイワナに逃げられ、ずぶ濡れになって川から上がってくるのです。ある年、アメリカ人の釣り人がこの渓流に来て、彼もまたこの大岩でイワナを見、やっぱりずぶ濡れになって里まで下りてきたそうです。外国人も同じ発想をし、同じ失敗をすると村人は親しみを持ってこのアメリカ人を迎え、こうして、このアメリカ人は村人たちの話の中に今も生き続けているそうです。人が軽々と国境を超え心からの交流をした話です。理屈ではなく、行動にこそ意味や価値が生まれることがあります。感じたら動け!です。

      『 風 』  No.31 (12月1日発行)

      2014.12.08 Monday

      0
        ◆ 1週間に1号のペースで、と意気込んで書かせていただいてきた「風」ですが、お盆休み以来先週は休んでしまいました。海外研修及び修学旅行が近づいてきましたので、それぞれの旅のしおりの巻頭のことばを再録させていただきます。フロンティア科には次のようなことを書きました。
         
        「非日常」からサムボディへ
         
        いざ行かむ行きてまだ見ぬ山を見む
            このさびしさに君は耐ふるや
         
        ◆ 郷土の歌人若山牧水の旅の歌です。
        「さあ行こう。行ってまだ見たことのない山を見よう。私はさびしさに耐えられないから旅に出る。君はさびしさに耐えられるのか。」
         さびしいから山を見よう、旅に出ようというのは私たちにはわかりにくい感覚かもしれません。さびしければ、友達を求めて人のたくさん集まる町の中に入って行ったり、家族の待つ我が家に帰って行ったりしそうなものです。しかし、牧水にとっては旅こそがさびしさをまぎらわしてくれる安住の地だったのです。
         
         私たちが生活している場を「日常」と言います。旅はその生活の場から離れます。これを「非日常」と言います。まして、今回はオーストラリアに11日間です。11日間の「非日常」体験です。この「非日常」に身を置くことで、普段は気づかないことに改めて気づくことがあります。牧水は旅や山という「非日常」の中で、さびしさをまぎらわす「旅のおもしろみ」や「自然のおもむき」を感じたのかもしれません。
         
         4月のフロンティア科の学科集会で「立花隆さんの本を読もう」と話しました。覚えていますか?その立花さんが東大生に講義した内容をまとめた「東大講義人間の現在’召鮹辰┐襦廚箸いλ椶あります。この中で立花さんは東大生に向かって「きみたちは東大に入ったばかりで、いささか誇らしい気持で、自分はすでに何者かになったような気持でいるかもしれません。だけど、きみたちはまだ何者でもありません。ノーボディです」と語りかけます。サムボディになるには、これからが大切、これからどれだけ自己教育に努め、どれだけ自分を知的にビルドアップしていけるか、ここのところが一番大事だと続けます。根拠として脳科学の話を引用し、20歳前後の脳が最も柔軟性に富み、新しい回路を作る時期で、ものの見方や考え方を作り上げていく大事な時だと説きます。だからこの時期に徹底的に脳に入力して、バランスのとれた価値観を作り上げ、自分をサムボディに仕立て上げなさいというのです。いわく、「自分の脳は自分で作れ」なのです。
         
         さて、皆さんはオーストラリアという「非日常」の中で、研修やホームスティを通し、何を感じ、何を脳にインプットするのでしょうか。きっと未知の体験が皆さんを待っていますし、級友や故郷日本の新たな一面も感得することになるでしょう。是非、健康に留意して、柔らかな心をもって旅を楽しみ、皆さんの「非日常」が生涯忘れられない思い出となることを期待しています。そして、それが皆さんを、高い志をもつ、豊かな人間性に恵まれた、国際人としての資質を兼ね備えたサムボディへと導いてくれると信じています。
         
        ◆ 引用させていただいた立花隆さんの「東大講義 人間の現在 脳を鍛える」は、他にも興味深いことがたくさん書いてあります。たとえば、日本の理科教育の水準について。
         
        ◆ この本の講義は1997年から98年にかけてですから、今は改善されている点もありますが、東大生でも文系にいる生徒は、物理の知識が中学理科のレベルだというのです。高校で文系を選択したからそうなるのですが、運動、加速度、質量、熱、波などこの世界の在り方の根本に関わる最も基礎的な概念を正しく認識していない若者が、科学技術創造立国をスローガンに掲げる日本で、リーダーになっていくと嘆いています。また、物理を学んだ人は学んだ人で、学んだ内容がほとんど19世紀以前の知識で、20世紀の物理を、つまり、量子力学も相対性理論も学んではいない、半導体も超電導も扱ってはいない、と20世紀の産業界の現実と照らして問題提起されています。なるほど、と思いました。
         

         

        『 風 』  No.32 (12月2日発行)

        2014.12.03 Wednesday

        0
          ◆ 昨日に引き続き、しおりの巻頭のことばを再録させていただきます。本校に着任したとき、東北修学旅行のことを知り、他に例のない素晴らしい取組みだと思いました。いよいよ近づいてきました。



          感じたら動け!



          ◆ 今年の修学旅行から被災地に足を運ぶことになりました。

           宮城県の南三陸町を訪れます。南三陸町というと鉄骨だけになった3階建ての防災対策庁舎を思い出します。この建物の屋上より高く津波は襲来しました。



           未曾有の震災から3年がたちました。復興はどれくらい進んだのでしょう?

          「3・11東北大震災における被災地の現状視察や体験活動を通して、日常生活や家族・地域など社会との繋がりを見つめ直す機会とする」

           みなさんがかの地で何を感じるか、これも今回の旅行の大きな目的です。



           震災後、校庭に設置された給水所には長蛇の列ができていました。そのとき、お年寄りの代わりにその列に並び、重い水を家まで届けていた一人の男子高校生がいました。「なぜそこまでしたの?」と尋ねると、彼は「先生からいつも『感じたら動け!』と言われてました。感じたままに行動しただけです」と答えたそうです。



           中学生の女子生徒が避難所にたどり着きました。しかし、友達の多くは家族と会えたのに、自分は一人ぼっちでした。「まさか…。家族の中で私だけが…」そう思うたびに涙がこぼれました。外には雪がちらつき、燃料がないためひどい寒さです。停電でテレビも見られず、じっとしていると悪いことばかり考えてしまいました。ふと周りを見回すと、避難所の床は、泥やごみでずいぶん汚れていました。「そういえば、『率先して行動しよう!』だった」彼女はほうきを握りました。ほどなく、同級生たちも集まって来て、手伝ってくれました。その中の誰かが、「避難所の名簿も作ろう」と呼びかけました。中学校の避難訓練で安否の確認をする札を作ったことを思い出したのです。みんなで手分けして、避難所の人たちに名前や年齢を書いてもらいました。次の日、「いた!ここにいたんだ!」彼女の目の前には、夢にまで見た両親が立っていました。自分たちが作った名簿のおかげで家族と再会できたのでした。



           これらは、あの大災害のほんの一端を伝えるエピソードに過ぎません。でも、そこには確かに、自らの感性に沿って、たくましく行動する若者たちの姿がありました。

           感じたら動け!です。皆さんの感性に期待します。



          ◆ 内山節さんの「『里』という思想」を読んでいると、自然と人間の関係や、近代化や幸福とは何かということを考えさせられます。



          ◆ 内山さんは群馬県の山村で暮らしていらっしゃいます。そこにはイワナの住む渓流があり、その渓流の源流には大きな岩があって、その下が洞窟のようになっており、そこには巨大なイワナがいるのだそうです。そこは、この川で釣りをする人ならだれでも知っている場所で、生い茂った枝が邪魔する釣りの難所です。釣り人は、この大イワナを釣り上げようと、誰もが同じ行動に出るそうで、まず、大きな岩によじ登り、その先端から竿を突き出し、真下に糸を垂らし、大イワナを狙います。そして掛かると、ここからが大変で、岩と枝が邪魔して竿が上がらないので、決まって釣り人は、竿を枝に結びつけ、淵になった川の中に飛び込み、最後は素手で捕まえようとするそうです。しかし、この方法で成功したものはなく、誰もがイワナに逃げられ、ずぶ濡れになって川から上がってくるのです。ある年、アメリカ人の釣り人がこの渓流に来て、彼もまたこの大岩でイワナを見、やっぱりずぶ濡れになって里まで下りてきたそうです。外国人も同じ発想をし、同じ失敗をすると村人は親しみを持ってこのアメリカ人を迎え、こうして、このアメリカ人は村人たちの話の中に今も生き続けているそうです。人が軽々と国境を超え心からの交流をした話です。理屈ではなく、行動にこそ意味や価値が生まれることがあります。感じたら動け!です。