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2017.03.27 Monday

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    『 風 』  No.30 (11月19日発行)

    2014.12.02 Tuesday

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      ◆11月も下旬に入ろうとしています。今年も残すところあとひと月あまり。少し早いのですが、今年を振り返ってみます。
       
      ◆振り返るといっても、10大何とかとか、そういうことではありません。実は先輩校長の真似をしているだけなのですが、1月1日、元日の新聞をコンビニなどで複数買い集め、見比べています。「それぞれの新聞が、その年、世に問おうとしていることが見て取れるよ。先生方や生徒たちにも関係あるから」というアドバイスによるものです。それを改めて見てみたいと思います。今年の年頭、各紙が1面で取り上げたことを、2014年という時代を振り返るために。
       
      ◆朝日新聞は1面から「教育2014世界は日本は」という特集を組みました。その第1回は「グローバルって何」でした。少子高齢化が進む日本にあって、国が打ち出したグローバル人材の育成に目を向けたものでした。
      2面には経済協力開発機構(OECD)のシュライヒャー教育局次長のことばが引かれ、この特集が年間企画であることが示されています。そのことばは「社会が急激に変化し、学校は子どもに、今はまだない仕事、発明されていない技術、起きるか分からない問題に備えさせる必要がある」です。
      そういえば、昨日トヨタから燃料電池自動車「MIRAI」の発売が発表されました。水素を燃料にするイノベーションがこれから始まるのかもしれません。
       
      ◆OECDは、ヨーロッパを中心に日米を加えた30か国以上が加盟している、世界経済の発展に寄与することなどを目的に設立された組織です。「経済」ということばを冠していますが、OECDが国際的に協力を行う分野は多岐にわたります。それらの一つ一つが世界経済を支えるファクターなのでしょう。日本の役所も経済産業省だけでなく、外務省も文部科学省もホームページにOECDとはどのような組織か掲載しています。教育の分野では、OECDが実施する「生徒の学習到達度調査(PISA)」の結果がよく取り沙汰されますが、問われているのはシュライヒャー氏の言う力なのかもしれません。
       
      ◆読売新聞の1面トップは「中国軍有事即応型に」でした。中国軍の機構改革を東シナ海や南シナ海での制空権・制海権の確保に向けて攻撃力の強化を目指すものだと年の初めに論じました。これも日本を取り巻く現在ですね。日中首脳会談の実現やアカサンゴの密漁がここ数週間の話題でした。
      2面には「人口減最大24万4000人」、「直下型地震被害想定名古屋・大阪も見直し」、「政権経済最優先を継続2014年消費増税対応カギ」と少子化から防災、政治、経済にわたる課題が網羅される形で書かれています。2014年の予想される主な政治日程も示されていて、12月の欄には「首相が消費税率10%への引き上げについて判断税率8%への引き上げ後の景気情勢を踏まえ、15年10月の引き上げを実施するかどうか」とあります。さすがに衆議院の解散までは予測できなかった…。
       
      ◆宮崎日日新聞は「貧困の連鎖を断ちたい」が1面でした。ここに「だれも知らないみやざき子どもの貧困石井十次没後100年企画」がスタートしました。所得の高くない本県におけるリーマン・ショック後の景気の悪化などに伴う貧困問題、中でも子どもたちの生活や学びの環境に与える影響などを取り上げた企画でした。この企画は反響も大きく、投書が社会面に掲載されることもありました。1月の連載の見出しだけでも「栄養不足冷たい食事一日に2度」「発達の遅れ4兄弟おむつ外れず」「病気医療費かさみ悪循環」「空腹感量を優先栄養面不安」「15歳の重荷塾通えず受験に焦り」「学力低下諦めの連続意欲失う」「進路の壁生活考え公務員志望」などと続きます。
      昨日の社会面には、連載を終えた記者たちのコラムが載っていました。「今の日本ではだれの近くにも貧困状態の子どもは必ずいる」。生徒に寄り添う視点のひとつだと思います。
       

      〜風〜 No.29 「決戦の日」

      2014.11.12 Wednesday

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        ジャージーの汗滲むボール横抱きに吾駆けぬけよ吾の男よ  佐佐木幸綱
         
        (H26高校総体)

        決戦の日
         
        ◆ラグビー決戦の日は朝から雨でした。日ごろ、雨の中でもグラウンドで練習を続けていた部員たちは、この日のために修練を積んでいたのです。「雨の中の練習をしてきました。雨は望むところです」池田先生の言葉を思い出しました。
         
        11月9日、日曜日。出発は11時。集合は1045分。10時過ぎには生徒たちも徐々に集まってきていました。中には傘も合羽も持ってきていない生徒もいて、ちょっと心配しました。(^^)。バスは5台。東九州交通、あおば交通、ひまわりタクシーさんの連合軍。折から行楽シーズンとあってなかなかバスがなく、やりくりがつく最後まで気をもみました。生徒約200名。予定では補助席も使って丁度の人数でした。
         
        ◆中富先生の出発前の注意と確認。雨や英検のせいか、やや人数は減ったようですが、どのバスも学年が入り乱れて乗ることになりました。すると、一部から不満の声も…。すかさず、先生から「文句があるものは歩いて行け〜!!」「えーっ!?」笑顔が溢れました。「旅行に行くのではない。応援に行きます」声の後押しがあって、手に手にメガホンを受け取り、さぁ、出発。校旗も準備しました。キックオフは1時35分です。
         
        ◆星雲では止みかけていた雨も、道中、日向市を過ぎたあたりから本格的に降り出しました。高速を急ぎます。約2時間、車内ではにぎやかに昼食を摂る生徒たちの声が響いていました。
         
         
        ◆サンマリン球場の東側、サッカー場前の通路で下車。トイレを済ませて隣のラグビー場に向かいました。雨はまだ少し降っています。スコアボードのあるバックスタンド側に陣取ります。200名の応援団は居並ぶと壮観でした。メインスタンドで、保護者の方々と挨拶をしていると、口々に応援に来てくれた生徒たちをねぎらう言葉をいただきました。事前に張ってあった横断幕がやや見えなくなったので、生徒の皆さんには横に広がってもらいましたが、そこには星雲の横断幕と、その横には延岡東高校の横断幕もありました。
         
        94回を数える全国高校ラグビー大会。その宮崎県予選で本校の前身である延岡東高校は過去7回の優勝を誇ります。最後に花園に行ったのは平成9年。以後、延岡東と延岡星雲の両方の校名を持った時代を含めて、幾度となく決勝には進みましたが、花園には行っていません。ご存じのとおり、惜しかったのは、平成22年。日向高校と同点で、両校優勝の時。優勝回数はこれで8回になったのですが、花園の切符は無情にも抽選で逃しました。「私たちのときはくじで行けんかったがね〜」試合前のスタンドで耳にしました。OGの方でしょうか。また、東海中学校のラグビー部の生徒さんたちも応援に来ていました。
         
        ◆その延岡東高校の一時代を築かれた笠野先生の遺影がベンチにはありました。選手の右腕には喪章。「笠野先生を花園に連れて行く」これが合言葉だったそうです。鈴木くんのドロップゴール、高橋兄弟で取ったトライ、いずれも見事でした。低いタックルで平均体重で10圓眈絏鵑訌蠎蠅膨む姿に胸が熱くなりました。点差以上に攻め、競った試合でした。
         
        ◆夢は受け継がれました。試合の最終盤、ヘッドキャップの飛んだ原口キャプテンの果敢な連続アタックは、後輩達の胸に生き続けるものと確信しています。応援団の編成から引率まで、先生方のご協力に感謝します。準備から応援まで本当にありがとうございました。


         
         
         

        平成26年11月5日   『 風 』    校長室から No.28   

        2014.11.06 Thursday

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          母の席
           
          ◆ 県に学校支援監として勤務しておられる川辰巳先生に教えていただいた実話です。
           
          ◆ もともとは、「致知」という月刊誌で鈴木秀子さんという方が紹介された話だそうです。私は、かかりつけの病院の調剤薬局で目にする雑誌です。いつも心に残ることが書いてあって、しかし、書店にはありません。
           
          ◆ 先生が5年生の担任になった時、一人服装が不潔でだらしなく、どうしても好きになれない少年がいた。中間記録に先生は少年の悪いところばかりを記入するようになっていた。
           
           ある時、少年の一年生の記録が目にとまった。「朗らかで、友達が好きで、人にも親切。勉強も良く出来、将来が楽しみ」とある。間違いだ。他の子の記録に違いない。先生はそう思った。
           二年生になると「母親が病気で世話をしなければならず、時々遅刻する」と書かれていた。三年生では「母親の病気が悪くなり疲れていて、教室で居眠りする」後半の記録には「母親が死亡。希望を失い、悲しんでいる」とあり四年生になると「父は生きる意欲を失い、アルコール依存症となり、子供に暴力を振るう。」
           
           先生の胸に激しい痛みが走った。ダメと決め付けていた子が突然、悲しみを生き抜いている生身の人間として、自分の前に立ち現われてきたのだ。
           放課後、先生は少年に声をかけた。「先生は夕方まで教室で仕事をするから、あなたも勉強していかない?分からないところは教えてあげるから」少年は初めて笑顔をみせた。
           それから毎日、少年は教室の自分の机で予習復習を熱心に続けた。授業で、少年が初めて手を挙げたとき、先生に大きな喜びが沸き起こった。少年は自信を持ち始めていた。
           クリスマスの午後だった。少年が小さな包みを先生の胸に押し付けてきた。後であけてみると、香水の瓶だった。亡くなったお母さんが使っていた物にちがいない。先生はその一滴をつけ、夕暮れに少年の家を訪ねた。
           雑然とした部屋で独り本を読んでいた少年は、気がつくと飛んできて、先生の胸に顔を埋めて叫んだ。「ああ、お母さんの匂い!今日は素敵なクリスマスだ」
           
           六年生では少年の担任ではなくなった。卒業の時、先生に少年から一枚のカードが届いた。「先生は僕のお母さんのようです。そして今まで出会った中で一番素晴らしい先生でした。」
          それから六年、またカードが届いた。「明日は高校の卒業式です。僕は五年生で先生に担当してもらって、とても幸せでした。おかげで奨学金をもらって、医学部に進学することが出来ます。」
           十年を経て、またカードがきた。そこには先生に出会えた事への感謝と父親に叩かれた体験があるから患者の痛みが分かる医者になれると記され、こう締めくくられていた。「僕はよく五年生のときの先生を思い出します。あのまま駄目になってしまう僕を救って下さった先生を神様のように感じます。医者になった僕にとって最高の先生は五年生の時に担任して下さった先生です」
           
           そして一年。届いたカードは結婚式の招待状だった。「母の席に座って下さい」と一行、書きそえられていた。
           
          ◆ 「人間の良さ体験」の大切さが言われます。「お母さんっていいもんだ」「お父さんっていいもんだ」「人間っていいもんだ」と感じる体験が、心のエネルギーになるという考え方です。生い立ちは学校教育以前の問題で、学校で改善できることではないでしょう。この少年の場合も母親の病気も父親のアルコール依存症も医療機関ではない学校に、役割はないと考えていいと思います。ただ、少年には学校での生活があります。そしてそこに少年の成長もあります。どのような支援が可能なのか、入り口は「人間の良さ体験」だったと思います。不幸にしてそのような体験の乏しかった少年に、先生は「人間っていいなあ」と思わせるかかわりをしたのではないでしょうか。